仙台高等裁判所 昭和42年(う)331号 判決 1968年9月13日
被告人 鈴木正雄
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人田島勇名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点(事実誤認)について。
所論は要するに、原判決は、被告人が原判示の福島県議会議員選挙に際し、田村秀太郎の立候補届出前に、白河市における自由民主党(以下自民党と称する。)公認候補者として右田村が決定された旨を記載した官製はがき四九七枚を中山由治ほか四九六名に対し郵送した事実をもつて、公職選挙法一四二条一項の法定外文書を郵送頒布し、立候補届出前の選挙運動をなしたと認定し、有罪としたが、(一)、被告人は、自民党白河支部備付の台帳に党員または党友として登載されている特定の者に対してのみ本件文書を郵送したものであり、しかもその文書の内容からするも投票依頼のためのものではなくして、公認決定という事実の通知に過ぎず、また従来同支部が執つていた通常の連絡方法によつたものであるから、本件は、同支部の内部的連絡行為に過ぎない、(二)、仮りに本件が法定外文書の頒布であるとしても、被告人としては、自民党本部から配布された「選挙の手引」中に、事前運動とみなされない行為として記載されている事項に該当する許された行為と信じてなしたものであるから、被告人には犯意がなかつたものである、以上の次第であるから、被告人は無罪たるべきであり、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるから、破棄を免れない、というにある。
よつて審按するに、原判決挙示の各証拠並びに原審の取り調べた、押収してある自民党白河支部役員名簿一枚(原審昭和四二年押第二号の符号三一)、同名簿控一枚(同号の符号三二)および同書き損じのはがき三枚(同号の符号三三)を総合すれば、原判示の昭和四二年四月一五日施行の福島県議会議員選挙に際し、遅くとも同年二月一三日白河市所在の白河会館において開催された自民党白河支部臨時総会の直前において、田村秀太郎が同市選挙区から立候補の決意を有するに至り、当時同支部幹事長であつた被告人がこれを知つていたこと、右田村の立候補の届出のあつたのは同年三月三一日であるところ、被告人は、右立候補届出前である同月一八日頃より同月二三日頃までの間に、福島県議会議員選挙に田村秀太郎が白河市における自民党候補者として公認された旨記載した官製はがき四九七枚を白河市所在の白河郵便局から選挙人である白河市字昭和町六八の一番地中山由治ら延べ四九七名(前示自民党白河支部役員名簿によれば、同一人に二通郵送されたものが若干あることが推認され、当審公判廷における被告人の供述によれば、これが肯認される。)に対し郵送配布したことがそれぞれ認定できる。ところで、被告人が右官製はがきを郵送するに至つた経緯等につき考察するに、<証拠省略>を総合すれば、本件選挙における自民党白河支部からの立候補予定者は、昭和四一年一〇月頃においては、自、他薦を含めて約八名であつたところ、同支部役員において、公認候補者一名にしぼるため調整に努力したが実現せず、遂に役員総辞職をなし、昭和四二年二月三日の同支部臨時総会において、新たに支部六役が決まり、斎藤藤三が支部長に、被告人が幹事長になつたが、その後、右田村および成井正美の両名が各推薦団体から候補者として推薦され、同月一三日白河会館における同支部臨時総会において、出席した党員および党友約二三〇名が右両名のうち一名のみを公認候補者にしようと協議したが、遂に決しかね、これを同党福島県連合会に一任することとし、なお、公認候補者が決定された際には、これを同支部党員および党友に通知することとしていたところ、同年三月一五日、右連合会から右田村が公認候補者に内定した旨同支部に伝達されたこと、被告人は、前記「地方選挙の手引」に決定した候補者を党員および党友に通知することは差支えない趣旨の記載があつたところから、即日自ら通知の案文を起草し、官製はがき三、〇〇〇枚を買い求め、これと原稿とを同支部総務会委員深町康三郎に依頼して、印刷業斎藤庸一に印刷を注文したが、右注文数が前記斎藤支部長に聞知されるところとなり、同人から、三、〇〇〇枚では文書違反の虞があるから五〇〇枚程度にとどめるべき旨注意を受けたため、同月一八日すでに三、〇〇〇枚の印刷が出来上つたものの、発送数を五〇〇枚にしようと思いとどまり、かねて斎藤支部長から引き継いで保管していた前記党員名簿(綴)の中から自民党白河支部役員名簿分延べ二〇〇名のほか党員および党友として登載されている者三〇〇名を適宜抽出して前記名簿控を作成し、これに基づいて長女と共に右官製はがきに宛名を書き、うち三枚は宛名を書き損じ、都合四九七枚を前示のとおり郵送するに至つたものであることが認められるのである。
ところで、そもそも公職選挙法一四二条一項において禁止されている選挙運動のために使用する文書とは、文書の外形、内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知され得る文書をいうものと解すべきところ、これを本件についてみるに、押収してあるはがきには、
『各位様愈々御繁栄のことと存じお欣び申上げます
県会議員選挙対策については特段の御配慮を仰ぎましたが三月一五日白河市に於ける自由民主党公認候補者として現市会議長「田村秀太郎」君に決定し三月一五日公認証が交付されましたので御知らせいたします
三月一八日
自由民主党白河支部』
と記載されているのであつて、その外形、内容自体からすれば、記載文言のうち、田村秀太郎の氏名のみは特に太字をもつて印刷されてはいるものの、その全体からすれば、右田村が本件選挙に際し、白河市における自民党候補者として公認されたことを通知する文章であり、同条の法定外文書とは認められないのである。したがつて前記党員名簿(綴)に登載されている役員のほか事実党員、党友である者に対して郵送した限りにおいては、前認定の経緯に徴し、自民党白河支部内部における事務連絡行為に過ぎないものというべきである。ところで原判決の(証拠の標目)欄三行目の中山由治より一一行目の吉村文吉に及ぶ四四名の司法警察員に対する各供述調書によれば、本件はがきの郵送を受けた名宛人は自民党白河支部とは無縁である趣旨の記載があるけれども、例えば鈴木儀平(もつとも鈴木義勝の司法警察員に対する供述調書によれば同人は郵送を受ける二年前に死亡していることが認められるが)、栗原鶴之助、三本木秀雄、筧長吉、岩淵敏夫の如きは、前記自民党白河支部役員名簿に役員として登載されているものであり、当審受命裁判官の各証人に対する尋問調書によれば、前記四四名の司法警察員に対する各供述調書記載の名宛人の大半の者は、前記党員名簿(綴)に登載されているとおり、事実役員または党員、党友であることが認められ、これに反する当該各司法警察員調書はいずれも措信し難く、なお右証人三八名中、海老原ヨシ、鈴木義三の二名のみは、司法警察員調書の記載と同様自民党白河支部と無関係であることが認められるのである。この点に関し、原判決は、(弁護人の主張に対する判断)中において、「ことに発送先が、被告人は自民党の党員ないしは党友とは称しているものの、その大多数が自民党とは直接の関係のない人たちであることを認識し、云々」と説示しているけれども、被告人が右認識を有していたことを認めるべき証拠は存せず、かえつて、被告人の前掲各供述調書、当審公判廷における供述を総合すれば、被告人は、その郵送したはがきの名宛人はいずれも党員、党友であると信じていたことが認められるのであつて、当審受命裁判官の各証人に対する尋問調書により自民党白河支部と無関係であると認められる者のほか、被告人の本件はがきを発送したその余の者らのうちに事実党員、党友でない者が仮りにあつたとしても、被告人には法定外文書頒布の犯意がないものといわなければならない。もつとも被告人の原審第一回公判廷における供述記載によれば本件公訴事実を自白していることが認められ、また被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書中にも本件公訴事実を自認する趣旨の記載部分があるけれども、これ等は前認定に照らし措信できない。以上の次第であつて、被告人の本件所為は何等罪とならないものというべく、これを法定外文書の頒布および事前運動と認定した原判決は、事実を誤認したものといわなければならず、右の事実誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の判断を待つまでもなく、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所においてさらに次のとおり判決する。
本件公訴事実は、
被告人は、昭和四二年四月一五日施行の福島県議員選挙に際し、田村秀太郎が白河市選挙区から立候補すべき決意を有することを知り、同人に当選を得しめる目的をもつて、未だ同人の立候補の届出のない同年三月一八日頃より同月二〇日頃までの間、福島県議会議員選挙に「田村秀太郎が白河市における自由民主党公認候補者として公認された」旨を記載した法定外文書である官製はがき約四九七枚を白河市所在の白河郵便局から白河市字昭和町六八の一番地中山由治外四九六名に対し郵送頒布したものである。
というのであるが、前認定のとおり、被告人が右日時、場所において、右官製はがき四九七枚を右中山由治ら延べ四九七名に対し郵送配布した客観的事実は原判決挙示の証拠等によりこれを認定できるけれども、右行為のうち、事実党員、党友である者に対する分については法定外文書の頒布行為には該当せず、また事実党員、党友でない者に対する分については犯意が認められず、したがつて事前運動にも該当しないから、刑事訴訟法三三六条により、無罪の言渡をなすべきである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 矢部孝 佐藤幸太郎 阿部市郎右)